ガーベラのつぼみ

K二丁目

本の感想と、日常と。

女性と男性の考え方の違い

 

 

 アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ著作の「話を聞かない男、地図が読めない女」を読んだ。本作はタイトルから想像される通り、男女の違いを明らかにした本で、科学的根拠に基づいた男女差説明書といえる。

 「やはりそうだったか」と、普段自分が感じていたことの裏付け的説明もあれば、「そういうことか、どうりでわからなかったわけだ」と非感覚的な新事実を突きつけられることにもなる。

 

男性に愛されるには

 男はいつも女のこととなると頭に浮かぶのはセックスのことばかりである。これは「愛」と「セックス」が、男では切り離されているからだ。

 一方女性は愛とセックスはセットなのである。だから、男性が愛してもいない女性とセックスするのは、女性には考えられない出来事なのだ。「ああ、男の人って、いくつも愛を持っているのね」。愛は一つ、セックスはいくつも、なのである。

 

 

 

 

 このように、男性は浮気をする生き物だ、とひと昔前ではまるで当たり前のように言われていた。男性は愛していない人ともセックスができるから、本能の赴くままその行為自体に興味が沸く。

 では、なぜ愛する人を差し置いて、他の女性とセックスするのか。人間だけでなく、他の雌と行為をしたがるのは、生物的本能からくるもので、当たり前のことなのだ。多くの子孫を残さなければならない。

 

 男性に自分だけが愛されるには(他の女性とセックスさせないためには)どうすればよいか。それは正直無理かもしれないが、男性が普段どう考え、女性の何をうっとうしく感じてしまうのか、本書を読んで理解すれば、その答えは見つかるかもしれない。

女性を喜ばすには

 女性を喜ばすことは男性にとって難しい。愛する女性が何を考えているのか、何を望んでいるのか、論理的思考で考えても無駄である。そこには理屈などない。

 女性はよく悩み相談をするだろう。しかし、この相談という言葉をそのまま受け取ってはいけない。男性はすぐに「問題解決」をしたがる。そしてその問題とは、「出来事」のことだと思っている。車が動かない、エアコンが壊れた、仕事がうまくいかない、等々。

 

 これ自体が問題ではないのである。問題は、何もない。あえて挙げるとすれば、話を最後まで聞いてあげなければいけない、ということが問題だ。

 男性は一つのことしか考えられない、途中で脱線しようものなら、話を遮ろうとする。それでは女性の不満をためてしまうだけなのだ。女性は多くのことを並列で考えることができる。女性の会話スピードに追い付けるとは、思わないことだ。

 

 では、どうすればよいのか。わかっているふりをすればよいのである。女性と話してて、途中でこんなことを言われたことはないだろうか。「ねえ、ちょっと聞いているの?」そう、聞いてるかどうかを聞いてるのであって、こうは言わない。「ねえ、ちゃんと理解してる?」

 

 女性の信頼を得ることができれば、それすなわち女性を喜ばすことなのだ。うまくいけば、ことに及ぶことができるかもしれない。そのヒントが本書にあるはずだ。トライアンドエラーが重要。

否応なしに関わらなければいけないのが職場

 男女の脳の違いは歴然としているが、プライベートなら何も無理して関わる必要はないかもしれない。しかし、職場ではこうはいかないだろう。男女の違いというのはなかなか当事者を困らせる。

 女性の社会進出は何十年も前から謳われているし、近年では日本でもダイバーシティという言葉が流行りだし、男女だけでなく様々な人種を受け入れ、創造的な価値を創出しようと躍起になっている。だがいざ、意見を集めましょうというときの会議は決まって、上司の顔色を伺う男性に数で圧倒されてしまうことがほとんではないだろうか。自発的、直感的なアイデアをうまく引き出し、そういった人材を活用することに適しているのは、チームワークと相互協力を重んじる女性なのである。

 

 だが、声の高さや感情的な話し方が周りを幼稚だと受け止めかねない。外国の人には若干謙虚になる日本人だが、その直積的な物言いに対しては結局、日本のことを良く知らないのだ、と受け入れかねたりもする。

 

 

 多様性が求めている一方で、受け入れる準備ができていないのである。それも仕方ない、男女の違いがあることは認めているものの、どう違うかを経験則でしか測っていないからだ。人材をうまく使うには、人材を良く知らないといけない。男女の違いを理解したときには、人材活用のレベルをあげること間違いないだろう。

 

 

 

また続けられるか?

 

 年初に始めてみた当ブログ。案の定、投稿しなくなって、早4か月以上。投稿も初めに比べだんだんと減り始め、自らの性格を再認識することとなった。

 

 しかし、一応読書感想をメインに始めたブログだが、読書が趣味は変わらず、感想文を書いてない本は数十冊と溜まっている。

 

 正直いまさらすべてを書き出すのは骨が折れるため書くことはないが、やはり文章に起こすことで記憶を呼び戻すことは易しくなる。(そういえば生命保険の本なんか読んでたな、と思うくらいには忘れていた)

 

 とりあえず久々に投稿してみる。

Excelだけに頼るのはやめて。pythonでデータ解析ができるように

 

 

 「プログラミング」という言葉を聞くと、専門的で、理系の方の得意分野で、文系出身の自分とは無縁のスキルだと思っていた。だから、プログラム言語だって、一生学ぶことはないだろうと考えていた。しかし、これからは英語と同じくらい、いや英語よりも、誰しもが身に着けるメリットがあるのかもしれない。

 

 そう感じたのは、日ごろExcelを使ってデータをまとめている際に、どうも非効率というか、時間がかかると感じていたからだろう。もちろん、単に私のExcelスキルが乏しいということもあるが、そう感じていながら一からちゃんと学ぼうという考えには至らなかった。それよりも、何か自分にとって新しいものばかりに興味を示すのは、悪い癖に違いない。

 

 とにもかくにも、気になってしまったのだから仕方がない。習得する、しないは置いといて、とりあえず「何たるか」ということだけは知っておきたいと思い、手に取った本がこの本である。

 

 

 

「python(パイソン)」というのは、プログラミング言語の一つである。1991年にできたこの言語は、一言でいうと「簡単に」できることを目指して開発された言語だ。他のプログラミング言語は、C#やC++、Javaというものがあり、これらは何度か聞いたことがある。

 

 この「簡単さ」を目指したpythonだが、それによって初学者としても学ぶにあたって非常にとっかかりやすい言語になっている。また、それはpythonのレベルが低いということではもちろんなくて、近年では使う人が急増しており、google等の大手IT企業も注力しており、人工知能等の未来的技術の言語としても優秀で期待される言語なのである。

 

 そういうことで、これからプログラミングを学ぶ者としては他に選択肢がないように思われるこのpythonであるが、いわゆる入門書は既にいくつもある。中でも、とにかく初心者にわかりやすいように、挫折しないように、丁寧な説明、表現を心がけて教えてくれているのが本書であるらしい。らしいというのは、購入前のレビューにそういったコメントが多かったからだ。

 

 実際に読んでみると、レビュー通りであった。こういった本は実際にソフトをインストールして、自分の手で動かしながら本と一緒に進めていくのだが、なるほど私でも最後まで進めることができた。Pythonだけでなく、プログラムそのものが初心者、というよりは全くの知識ゼロでも本書を理解することができる。

 

 ただし、本書は本当に導入部分であるので、この本をスタートとして、他の本やコンテンツで勉強していかなければ、使いこなすには及ばない。使いこなす、といっても、何のために使うのか、ということがはっきりしなければ、適当に勉強しても時間の無駄になるかもしれない。

 

 Pythonは様々なことが実行できる、わかりやすいプログラミング言語であるが、特に次の二つを得意とするようだ。データ解析と機械学習である。私が興味を持ったのは、データ解析の方である。

 

 というのも、なんとなくプログラミングができると、自動で、素早く、正確にデータ解析、および資料作成ができるということはわかっていたので、あとは使いこなすことができるのか、を知りたかったのである。そのためにまずは、入門書を読んでみたというわけだ。

 

 じゃあ次のステップとしてはどうするか。当然、そろそろ具体的イメージが掴めないと、これ以上足を踏み入れるのを止めてしまいそうになるのだが、大変便利なものを発見した。Udemyというレクチャー公開サイトにある「実践pythonデータサイエンス」というレクチャー動画である。

 

 

 

 コースコンテンツというところをみると、「データ解析の基礎」や、「データの可視化」、「実践データ解析」というセクションがある。つまり、データ解析の為に、pythonをどう使うのかが、初学者用に展開されているのである。

 

 現在はセール中のようで、\12,600が\3,200となっている。私はまだ勉強するかどうかわからないので、実際のスクールに通うという選択肢はない。ということで、あとは別の本を買うか、ネット上のコンテンツ調べて学ぶかだが、3,200円程度ならと、購入してみることとした。

 

 まだ「機械学習」の項目より後は学んでいないが、かなりわかりやすく、学習意欲がそそられた。特に、割と序盤のレクチャー22で、グラフ出力がこれほど簡単にできる、ということがわかった時には、思わず「おお」と声を出してしまったほどだ。

 

 そしてもう一つ感じたのは、このレクチャーは確かに初学者向けであるが、もし私が「この本」を読んでいなかった場合、ついていけない箇所が結構あったと思う。いちいち動画を止めるとやる気が落ちていくため、少しは事前に学習してからこのレクチャーを観るのがいいかもしれない。そう考えると、「この本」は、「本当に」全く知らない人が読み始めるのに絶好の本であると言えるだろう。

『夜は短し歩けよ乙女』を読んで

 2017年4月7日、アニメーション映画が公開される、森見登美彦によるベストセラー小説、「夜は短し歩けよ乙女」。Amazonでしきりに出てくるので、読んでみようかと、すぐに購入ボタンをクリック。

『夜は短し歩けよ乙女』(よるはみじかしあるけよおとめ)は、2006年11月に角川書店より出版された森見登美彦による小説。

第20回山本周五郎賞受賞作品。第137回直木賞候補、2007年本屋大賞第2位。2017年2月時点で累計売上130万部を超えるベストセラーとなっている。

京都大学と思われる大学や周辺地域を舞台にして、さえない男子学生と無邪気な後輩女性の恋物語を2人の視点から交互に描いている。諧謔にあふれる作品で、ときに現実を逸脱した不可思議なエピソードを交えている。古い文章からの引用が多い。タイトルは吉井勇作詞の『ゴンドラの唄』冒頭からとられている。

湯浅政明監督によりアニメーション映画化され、2017年4月7日に全国公開予定。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%AF%E7%9F%AD%E3%81%97%E6%AD%A9%E3%81%91%E3%82%88%E4%B9%99%E5%A5%B3

 独特な言い回しの文章に、読み方が難しい単語が散見されるが、決して読みにくいということはなく、むしろ軽快に読み進めることができた。単純に、面白い。そして、今の季節のような、春の陽気な天気の下で、京都の花見でもしたくなる、そんな気持ちが読後に沸いた。ただ少し違和感なのは、京都が舞台でありながら、登場人物の口語は京都弁ではなく、標準語であるところだった。京都に一度しか言ったことがなく、地名にも明るくない私は、京都であることを忘れてしまうときすらあった。

 

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 主人公達が在学する大学は京都大学かもしれない、ということを鵜呑みにすると、舞台は京都駅と京都大学の間に位置していることになる。中心に流れる川は鴨川だ。私が一度だけ行った京都は夏の終わり頃で、伏見稲荷や清水寺を堪能し、心地よい疲労感のもと鴨川を横目に冷えたビールを頂いた夜はまさに感無量といったところだ。

 

『夜は短し歩けよ乙女』、一風変わった京町での青春を味わうには、十分な一冊だった。

 

生命保険の考え方。商品に詳しくなる必要はない

 先日、後田亨氏の「生命保険の罠」という本を読んだ。

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 同氏は以前10年ほど日本生命で勤務していて、そのあとは保険コンサルタントとして仕事をしている。「生命保険の罠」以外にもいくつか本を出版しており、そのうちの「生命保険のウラ側」という本を読んでみることにした。

 この本は、「生命保険の罠」よりも、より具体的に、生命保険がどういう仕組みになっているか、ということが書かれている。それは商品の構成もそうだが、保険会社や保険営業職員の考え、営業の仕方まで細かく書かれているのだ。「ウラ側」というタイトル通り、普通に生活していては知りえない情報で、覗き見る感じが読んでいて非常に面白い。

 基本的に著者は、普通の人は保険のことをよく理解していない前提で話を進めている。というよりかは、普通の人が理解し難いほど、商品内容が複雑化しているのだ。その前提で書かれているため、生命保険についてよく知らない者でも読み進められるよう親切な配慮が感じられた。

 学生時代は保険のことなど考える者は少ないだろう。大学を卒業し、社会人になって、なんとなく会社の団体保険に入っているという者がほとんどのはずだ。正直、団体保険に入っていれば、損得という観点ではそこまで考える必要もないかもしれないが、結婚して本格的に考え始める前に一度は読んでおいて損はない本だと感じた。

 

アルコール中毒者の小説

 仕事で地元に行くことになった。交通費は会社負担だ。この機会に、地元の友人に会ったり、実家に帰ったりで、3日ほど過ごす。

 友人との食事は、交通費が浮いたこともあり、少し高めのレストランを予約した。都会の、高層ビルの上階にあるお店だ。少し場違いな気はしつつも、周りもスーツを着た社会人だ、おそらく傍目ではあまり変わらなかったと思う。

 久々に会った友人と、学生時代の話や、誰々が結婚しただとか、他愛ないがリラックスした会話を楽しんだ。仕事のため地元から離れ、普段友人という友人が近くにいない私は、こうした気の許せる人との時間が貴重なものとなっていた。日中は仕事の為職場の人間と顔を合わせ、もはや普段は滅多に来ない場所で、高校生時代からの友人と、少し背伸びしたレストランでの食事は、戸惑いながら、高揚感のあるひと時となっていた。

 寝泊りは実家で過ごす。私はあまり両親と話したりはしない。私が小さいときから単身赴任だった父親は特に、子供との接し方も得意じゃなく、会話なんてものはほとんどなかった。

 今まであまり気づかなかったのだが、父親の部屋には本棚があり、隙間なく作者毎に並べられていた。私が本に興味を持ちだしたのは最近だったため、今まで見向きもしなかったのだろう。父親は小説が好きなようだ。

 せっかくだから、どれか読んでみようと思うが、何が一番よかったか、持ち主に尋ねる。そうして迷うことなく差し出された本が、中島らもの「今夜、すべてのバーで」という本だった。帰りの新幹線と、数時間で、今読み終えたところだ。

アルコール中毒に詳しくなる

 主人公はアルコール中毒者で、35歳でいよいよ入院したところから物語が始まる。文庫本巻末の「山田風太郎」との対談にあったのだが、アル中・35歳で入院というのは、中島らも自身の実話だそうだ。通りで、リアリティがあり、またやけにアルコール中毒に詳しい。ちなみに、山田風太郎というのは、忍法帳シリーズの作者で、これは漫画化もされ、私が初めて知ったのは、学生時代にやっていたスロットにあったからだった。

 アルコール中毒者には、連続飲酒とうものがあるらしい。一日中、とにもかくにも飲み続ける。

抑制喪失飲酒の典型で、酒を数時間おきに飲み続け、絶えず体にアルコールのある状態が数日から数ヶ月も続く。その間、食事を摂ることはほとんどない。

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-029.html

 私はアルコールに弱く、1,2杯飲んだだけで頭がくらくらする。また、すぐに頭痛になるのだ。アルコール中毒者も、私と同じ体質ならこんなことにはならないだろう。そういう意味では、意思もなにもなく、本当に病気なのだ。

読むとどうなるか

 さてこの本を読むとどうなるか。極めて一個人のことだけを言うと、「酒が飲みたくなる」のである。内容には決して、アルコールの良さだとかが書いてあるわけではない。むしろ、アルコール中毒者のみじめな、救いようのない残念な描写がほとんどだし、他の登場人物も似たようなものだった。

しかし私は、特に酒が好きなわけでも、強いわけでもないのに、読み終わったときには酒を飲みたくなってしまった。事実、読後、今この文章を書いている最中、わざわざウイスキーを買ってきて、頭の中をぐるぐるさせながらキーボードを叩いているのである。

 酔いがさめてきた頃にはおそらく、「本当に、感化されやすい人間だ」と思うと同時に、頭痛による後悔を感じているだろう。

追記

 父親に、せっかく教えてくれたのだから、「面白かった」くらいの感想は述べた。すると、中島らもは、ギャグセンスは抜群で、よくTVにでていた。ダウンタウンの松本は、中島らもに影響されたのだろうというメッセージが返ってきた。

 それを見て私は、youtubeで動画を漁る。こうやって、ちょっと前まではすぐに調べたり、観てみたりすることができなかったことを考えると、本当に恵まれた時代に生きることができたのだと思う。父の言うとおり、ギャグセンスは抜群だ。面白い。とても笑える。この時代は、こういった、皮肉な、クールな笑いが流行で、モテていたというのを聞いたことがある。まあ、笑えたというのも、酒をのんで、酔っぱらっているからだと思うのだが。

クラシックピアノに興味を持つ本

 先日火花を読んだときは、「芥川賞受賞」という言葉に惹かれて読んでみたのだが、そうすると「直木賞」に選ばれる作品というのも、興味が沸いてくる。文学作品で、新人から選ばれる芥川賞に比べ、直木賞は大衆小説で、中堅層の小説家の作品がよく選ばれるのだそうだ。「蜜蜂と遠雷」という本を読んでみることにした。

内容の前に

 「とにかく面白い」。もちろんすでに有名な「蜜蜂と遠雷」だが、読んでいない人にはとにかく勧めた。まずはとにかく「面白い」と感じたのである。

ストーリーは

 世界には数多くのピアノコンクールがある。その規模は様々だが、本作品の舞台は芳ヶ江ピアノコンクールだ。このピアノコンクールに出場するコンテント達のうち、4名それぞれストーリーを織り交ぜながら、やわらかい表現でその演奏を描写していく。

 著者は恩田陸で、取材の為もあり、浜松ピアノ国際コンクールに何度も足を運んだりしている。本書を読んで感じるが、ピアノへの愛があふれていた。コンクールの細かな説明を散りばめられていることが、コンクールの楽しさを伝えてくれる。

予備知識として

 クラシックどころかピアノに明るくない人でも、本書を楽しむことができるし、私自身全く知識がなくとも魅力に惹き込まれていった。しかし、知っていたら知っていたで更に楽しめる要素は増えるだろう。

 本書では、モスクワ、パリ、ミラノ、ニューヨーク、そして日本の芳ヶ江国際ピアノコンクールが、権威のある5大コンクールであるとの描写がある。芳ヶ江コンクールは実際には存在せず、浜松国際ピアノコンクールをモデルとして描いたものだそうだ。

 他のピアノコンクールが実際にはどうかというと、世界三大ピアノコンクールと呼ばれるものがあるのだそうだ。ポーランドのワルシャワで行われるショパン国際コンクール、ロシアのモスクワで開催されるチャイコフスキー国際コンクール、そしてベルギーのブリュッセルで開催されるエリザベート王妃国際音楽コンクールである。この内に浜松国際ピアノコンクールは名前がないが、世界中から若手の優秀なピアニストが集まる注目のあるピアノコンクールで、その説明は本書「芳ヶ江国際ピアノコンクール」と同じであろう。

感想はというと

 本書は長編小説で、私は読み終えるのに10時間ほどかかっただろうか。さすがに10時間のまとまった時間をとることができず、3日間に分けて読んでいたのだが、続きが気になって気になって仕方がなかった。特に前半は貪るように読み進めていた。

 何がそこまで集中させたのか、振り返ってみると、やはり登場人物が魅力的だったのだろう。コンテント4人のそれぞれに、このピアノコンクールに臨む背景、想いが彼らの視点で描かれていることで、まるで同じ気持ちに、一方で客観的な、応援したくなる気持ちにさせる。ただし、1名は除く。

 中でも、20歳前後のコンテントが多い中、28歳の社会人であるコンテントについては、現実味を帯びていて親近感を感じさせる。本書は面白い展開を生む、現実離れした展開はありながらも、こうしたリアリティのある描写が実際に起きた出来事のように感じさせる。もちろん小説は文字に起こしているわけだが、頭に浮かんでくる映像は、別々の漫画家が書いているように思えるくらい、登場人物の違いがはっきりしているのは面白い。

 といっても、それらの違う出発点の者たちが、徐々に重なっていく展開もまた面白く、私はいよいよの時まで気づかなかったが、ところどころに運命が点在している。

 また、浮かんでくるのは映像だけではない。音が聞こえてくるように錯覚してしまう。本を読み始めるとき、早く次を聴きたい、と思えるくらいには、文の中に音が存在していたのだと思う。もちろん私はその辺のセンスは皆無のため、のちにyoutubeなどで曲名を検索し聞いてみると、思っていたものとは全然違っていたりするのだが。

クラシックピアノに興味を持つきっかけ

 本書でそう思うようになった。もともとピアノは(聞くのは)好きで、ただJAZZピアノが好きだった。譜面通りに弾くクラシックとは異なり、JAZZは自由で楽しむのに壁がない。しかし、クラシックピアノにこれだけの想いが詰まっているのだとわかると、楽しむことができるようになるかもしれない。