ガーベラのつぼみ

K二丁目

本の感想と、日常と。

クラシックピアノに興味を持つ本

 先日火花を読んだときは、「芥川賞受賞」という言葉に惹かれて読んでみたのだが、そうすると「直木賞」に選ばれる作品というのも、興味が沸いてくる。文学作品で、新人から選ばれる芥川賞に比べ、直木賞は大衆小説で、中堅層の小説家の作品がよく選ばれるのだそうだ。「蜜蜂と遠雷」という本を読んでみることにした。

内容の前に

 「とにかく面白い」。もちろんすでに有名な「蜜蜂と遠雷」だが、読んでいない人にはとにかく勧めた。まずはとにかく「面白い」と感じたのである。

ストーリーは

 世界には数多くのピアノコンクールがある。その規模は様々だが、本作品の舞台は芳ヶ江ピアノコンクールだ。このピアノコンクールに出場するコンテント達のうち、4名それぞれストーリーを織り交ぜながら、やわらかい表現でその演奏を描写していく。

 著者は恩田陸で、取材の為もあり、浜松ピアノ国際コンクールに何度も足を運んだりしている。本書を読んで感じるが、ピアノへの愛があふれていた。コンクールの細かな説明を散りばめられていることが、コンクールの楽しさを伝えてくれる。

予備知識として

 クラシックどころかピアノに明るくない人でも、本書を楽しむことができるし、私自身全く知識がなくとも魅力に惹き込まれていった。しかし、知っていたら知っていたで更に楽しめる要素は増えるだろう。

 本書では、モスクワ、パリ、ミラノ、ニューヨーク、そして日本の芳ヶ江国際ピアノコンクールが、権威のある5大コンクールであるとの描写がある。芳ヶ江コンクールは実際には存在せず、浜松国際ピアノコンクールをモデルとして描いたものだそうだ。

 他のピアノコンクールが実際にはどうかというと、世界三大ピアノコンクールと呼ばれるものがあるのだそうだ。ポーランドのワルシャワで行われるショパン国際コンクール、ロシアのモスクワで開催されるチャイコフスキー国際コンクール、そしてベルギーのブリュッセルで開催されるエリザベート王妃国際音楽コンクールである。この内に浜松国際ピアノコンクールは名前がないが、世界中から若手の優秀なピアニストが集まる注目のあるピアノコンクールで、その説明は本書「芳ヶ江国際ピアノコンクール」と同じであろう。

感想はというと

 本書は長編小説で、私は読み終えるのに10時間ほどかかっただろうか。さすがに10時間のまとまった時間をとることができず、3日間に分けて読んでいたのだが、続きが気になって気になって仕方がなかった。特に前半は貪るように読み進めていた。

 何がそこまで集中させたのか、振り返ってみると、やはり登場人物が魅力的だったのだろう。コンテント4人のそれぞれに、このピアノコンクールに臨む背景、想いが彼らの視点で描かれていることで、まるで同じ気持ちに、一方で客観的な、応援したくなる気持ちにさせる。ただし、1名は除く。

 中でも、20歳前後のコンテントが多い中、28歳の社会人であるコンテントについては、現実味を帯びていて親近感を感じさせる。本書は面白い展開を生む、現実離れした展開はありながらも、こうしたリアリティのある描写が実際に起きた出来事のように感じさせる。もちろん小説は文字に起こしているわけだが、頭に浮かんでくる映像は、別々の漫画家が書いているように思えるくらい、登場人物の違いがはっきりしているのは面白い。

 といっても、それらの違う出発点の者たちが、徐々に重なっていく展開もまた面白く、私はいよいよの時まで気づかなかったが、ところどころに運命が点在している。

 また、浮かんでくるのは映像だけではない。音が聞こえてくるように錯覚してしまう。本を読み始めるとき、早く次を聴きたい、と思えるくらいには、文の中に音が存在していたのだと思う。もちろん私はその辺のセンスは皆無のため、のちにyoutubeなどで曲名を検索し聞いてみると、思っていたものとは全然違っていたりするのだが。

クラシックピアノに興味を持つきっかけ

 本書でそう思うようになった。もともとピアノは(聞くのは)好きで、ただJAZZピアノが好きだった。譜面通りに弾くクラシックとは異なり、JAZZは自由で楽しむのに壁がない。しかし、クラシックピアノにこれだけの想いが詰まっているのだとわかると、楽しむことができるようになるかもしれない。

人気お笑い芸人の小説

 ブログを始めて1か月程たっただろうか、同じく更に1か月程最近は更新が滞っていた。いつもならこのまま辞めてしまうのだが、また再開してみようという気持ちになった。私にしては珍しい、もちろんまた止まってしまうこともあると思うが。

 さて、前から気になっていた小説「火花」。ピースというコンビで芸人をしている又吉直樹の作品で、第153回芥川賞を受賞した。店頭でもこの赤い物体が描かれた表紙はよく目にしていたし、知らない人は少ないだろう。

内容はというと

 この小説は芸人を主人公とした文学小説で、自らが芸人であるがゆえ作り出すことができた作品であろう。主人公の芸人、徳永はスパークスというコンビで漫才をしていた。彼が20歳の時、当時26歳の神谷という、漫才師に出会う。

 主人公と同様、神谷も特に売れていた芸人ではなかった。しかし、神谷の漫才師として特異な才能に惹かれた徳永は、神谷に弟子入りを志願する。神谷の伝記を書き続けるという条件のもと、徳永は神谷の弟子入りを認められ、別々のコンビではあるものの、二人の漫才師、芸人という生活が繰り広げられていく、といった具合だ。

果たしてどれくらいの人たちが理解できているか

 私は哲学は嫌いではないが、文学には疎く、この作品の素晴らしさを理解することはできなかった。単調に続く(と私には感じられた)日常物が嫌いというわけでもないが、やはりそれなりの起伏がないと心が揺さぶられなかったのは事実だ。他の多くの作品を読んだことのある人ならばその深さに気付くことができるのだろうか、ということはやはり芥川賞という名誉ある賞を受賞したこと、多くの人がこの作品を手に取ったことから推察する。

 テーマが芸人の日常であるからだろうか、やはり「オチ」を気にして読んでいた自分がいた。文章量は多くなく、2時間ほどで読むことができた。それゆえ、だんだんと少なくなっていくページ数にハラハラしながら、最後まで一気に読み終わった。その「オチ」とは、これまた理解が難しい。

理解力をつけた後に

 一度読んで楽しむことができなかったことは、正直悔しい。文学リテラシーを付けて、再読したときには、今よりも深い理解を得ることができるだろうか。忘れた頃に、また読んでみようと思う。

生命保険の選び方。終身とか定期とか考える前に

 最近、会社の同僚がどんどん結婚していく。結婚なんて、30歳を過ぎて考えればいいと思っていたが、こうも周りの独身者が減っていくと、だんだん焦りを感じる。同い年だが、結婚した者はみんな、どこか大人な雰囲気が感じられ、それが少し羨ましい。

 その雰囲気はきっと、所帯を持つということがいろいろな責任を持つことになるからなのだろう。責任だけではない。諸々の手続きや将来のためのお金のやりくりも、考えただけでかなり大変だ。私は特に、保険のことがいまいちよく理解しておらず、勉強することから逃げていた。

 いざその時になったら真剣にならざるを得ないだろうと思うと、今から億劫になる。しかしどうせ通る道なのだ。今の内に少し、どういうものかくらいは、知っておいて損ではない。そういう時にすぐ頼れるのは、いつも本だ。

商品を知る前に仕組みを知る

 そうして手に取ったのが「生命保険の罠」という本。今から10年も前に出版された本で、情報としては少し古いであろうが、タイトルに惹かれてしまったのだから仕方ない。(2012に追記あり)もし、保険のことを考えるまさにその時に調べるとなると、複雑な商品内容に、効率悪く時間を費やしていただろうから、こういう「仕組み」を余裕のある時に知ることができるのは、後々楽にしてくれるのだろうと思う。

 内容はというと、生命保険について、商品の仕組みはもとより、保険会社の販売手法まで詳細に書いてある。著者は実際に大手保険会社で10年以上勤務していた経験があり、その道のプロであることは間違いない。

 また、タイトルに「罠」とある通り、注意喚起を促すネガティブに感じる記載がほとんどだ。しかしそれは、著者の保険会社勤務での経験に基づいた、実際に起きていることなのだそうだ。それゆえ、保険営業の者からは「受け身では」得られない商品の本質や、保険を選ぶ際の考え方、保険を扱う者自身が選んでいる保険など、基本かつ本質的な説明と、実際に役立つこれ以上ない参考情報が書かれている。

 保険にしかできないこと

 ネガティブな印象は受けるのだが、著者は決して保険そのものが悪いとは言っておらず、むしろ保険にしかない、保険の意義を明確にしている。

つまり、「日常的にはとても用意できそうにない金額(保険金)」を、「日常の中で支払っていける金額(保険料)」で調達する。そんな仕組み(保険)を使うことによって、多くの人が突然の不幸などにも備えることが可能になっている、というわけです。保険の存在意義は、この一点にあると言ってよいでしょう。

(本書より抜粋)

万が一のことは誰にでも起きることであり、その時に保険があることで、大げさではなく文字通り救われる。

 救われるのは金銭面だけではない。保険が使われるのは、精神的にかなり負担がかかっている状態の時だ。そんなときに保険があると、その安心感が、少なからず心をも救ってくれる。

 保険選びは

 割り切りが大切、そう筆者は説く。お祝い金という奇妙なシステムや、お得に見せかける複雑なオプションなどに惑わされてはいけない。商品内容に理解する努力を費やす前に、仕組みをまず知ることが重要だ。

 保険料貧乏にならないためには、それが最初の一歩だろう。検討時期に入る前に、本書に出会えてよかった。それになにより、こういった話は知り合いから聞いた「ここだけの話」みたいで面白い。

世間の「普通」から遠すぎた人

 「差がつく読書」という本に書かれている言葉を借りると、最近の読書は「実読」ばかりであった。もう一つの「楽読」にあたる本を読もうと思い、小説というジャンルが頭をよぎる。普段あまり小説は読まないため、有名な芥川賞受賞作品から選んでみることにした。タイトルは「コンビニ人間」だ。少し調べてみたところ、TV番組アメトーークの読書芸人というテーマがあり、複数の芸人がおすすめする作品でもあった。きっと、面白いに違いない。

 軽快に読み進める

 ページ数はそんなに多くもなく、表現も難しくないため、2時間ほどで読み終えることができた。主人公はコンビニでアルバイトをする36歳の古倉という女性だ。大学生の頃から同じ店でアルバイトを続けること、18年間になる。この時点でかなり珍しい人だと感じるが、実際この古倉という人は「普通」ではない。一言で言うと無感情で、コミュニケーションが苦手なのである。人見知りだという人は、特に日本では多いように感じるが、古倉は小さいころにカウンセリングを受けさせられるほどには人とは異なる。結局、そのカウンセリングでは治らなかった。そんな古倉が、別の意味で普通でない白羽という男性に出会い、白羽との奇妙なやり取りを広げていく様子を描いた内容である。

 読み終えた最初の感想

 始めこそ、古倉のような人も、まあいるのだろうなと、自らのコンビニのアルバイト経験等を思い出しながら感じていたが、序盤の終わりごろからだろうか。古倉の考えが徐々に理解できなくなり、結末には得体の知れぬ恐怖感を抱いてしまった。なんというか、「世にも奇妙な物語」を観た後のような感覚だ。特にそのように感じたのはこのような展開があったところだ。

周りから「浮く」ことについて、干渉される煩わしさを避けたいと感じていた古倉は、「36歳でアルバイト、結婚もしていない」状況を変えることは、良いか悪いかはわからないものの、必要なことと感じていた。例えば、彼氏がいるという現状を回りに示唆すれば、浮くこともなく、つまりは「普通」になれるのだと考える。ひょんなことから、白羽と同棲することとなり、それを妹に打ち明ける。ただ、実態は彼氏でもなんでもなく、異常な同棲関係であることに、古倉を訪れた妹が気づく。その時、泣き出し、古倉に「いつになったら治るの」という言葉をこぼす。その様子をみても、暇だからという理由で、プリンを食べながら妹をみつめるだけ。

 こういった状況を理解できない人に対して、私はひたすら恐ろしさを感じる。赤ん坊や小さい子供がものごとを理解できないのはまだ未熟だからであり、それでもむき出しの感情は、人間らしさを感じ、安心させてくれる。しかし古倉には、その両方がない。

 レビューをみて楽しむ

 こういったことを自分は感じたわけで、多くの人がそうだと思うのだが、自分の感情が普通、つまり多数派と思ってしまう。しかし、他の人はどうなのだろうか。本書のレビューを見ると、意外にもこの主人公、古倉に共感するという評価が2、3割はあった。そういう人たちは、自らも、そして誰しもがこうした発達障害的側面があるものだ、ということも言っていた。本当にそうだろうか。私の周りを見ても、あまりそういった人たちはみない。もちろん、明らかなそういう人(発達障害を持っているような人)は何度も見たことはあるが、古倉は会話は普通にできるし、協調するための話し方にも気を付けて、実行している。18年続けたコンビニアルバイトは、さすがというべきか、とても優秀な働きぶりである。

30歳を超えてフリーターをしている人は意外と多いと感じる。自らの仕事に誇りを持っているのかはわからないが、正社員でなくとも、献身的で高いサービスを提供している人だっているし、その姿勢は尊敬する。その人たちは、「コンビニ人間」なのだろうか。

データ分析の仕方を身に着ける

 一昨日はバレンタインデーだった。お昼休憩中、社交辞令的に女性社員からクッキーを頂く。その中には好意を寄せていた人もいる。未練はないし、そこには何の感情も無いとわかってはいるが、やはりうれしい気持ちになるものだ。

 そんなせっかくの気分を、先日上司に渡していた資料のレビューがかき消すこととなった。「この資料、話の流れははいいんだけど、もう少し裏付けするデータが欲しいな。何かない?」「何もありません」とは当然言えない。結局こじつけに近いデータを拾ってきて、一応上司にはこれでいいと言われたが、本当に良かったのだろうか。そういえば、データ解析なんて大学で単位を取る為に1コマ受けただけで、真剣に考えたことはなかった。

 データ分析初心者が

 いきなり統計学の本を読んだって、実務に活かせない結果に終わるのは容易に想像できる。専門的に難しい領域は要らない、むしろ使い方、考え方に重点を置いた本はないだろうか。「それ、根拠あるの?と言わせないデータ・統計分析ができる本」でその要求を満たすことができた。

 著者は日産自動車で勤務する方で、業務プロセスの分析・評価・改善や、人材育成計画に携わっているという。本書の進め方は、著者が上司という立場で、入社3年目の部下とのやり取りの中で、読者も一つずつ基本的な分析手法が学べる、といった形である。まずは部下に対して、なぜデータを用いるのか、何のために、どのデータが必要なのか、といった目的を明確にする重要性を説くところから始まる。というのは、データ分析という手段が目的化してしまい、結果迷走してしまうことが往々にしてあるからだ。

 基本的な分析手法

 あくまでデータを集める目的は活用することで、統計学を極めることではない。そのことを会話の中に散りばめながら、基本的な分析手法の説明が入る。項目としては、平均、標準偏差、回帰分析などだ。平均値の受け取り方に注意が必要ということは誰もが分かることだと思うが、そこからきちんとした指導があると更に理解を深めることができる。だが決して難しい言い回しはなく、しかしながらデータ分析に自信を持つための第一歩を踏み出すことができる。

 データの取り方

 本書で私が最も読んでよかった点は、データの集め方について記載があったことである。根拠となるデータを集めるとき、ほとんどの場合、「そんな都合のいいデータなんてあるのか」という壁にぶつかる。何かを考えるとき、いつもここで頭を悩ましていた。それが本書では、ないなら、つくる。因果関係を間違えないことで、有効といえるデータとする。といった点を教えてくれる。結局データ分析というのは、絶対的な答えを教えてくれるのではなく、「最もらしさ」を示してくれるに過ぎない。きちんと答えが容易されているのは、学生時代の試験くらいのものだ。この根本的なところを理解せずには、データを扱うレベルは上がっていかないのだと思う。

日本の自動車産業が知りたければ

 東京に住んでいたころは、学生だったこともあり交通手段はほぼ電車やバスといった公共交通機関を使っていた。学校に通うにせよ、どこかに遊びに行くにせよ、だ。ある程度の遠出するときは車を借りたりもしたが、大体は電車で事足りていた。

 それが仕事で東京を離れることになり、車の利便性に大きく頼ることとなる。通勤はもちろん車、遊びに行くときも、車なしではかなり制限がかかる。このように、車は一旦としから離れるとなくてはならない存在だが、たとえ使用しなくとも、日本にとって重要な産業であることは、誰もが認識していることと思う。しかしながら、自動車産業が今どういう状況にあるのか、これからどうなっていくのか、ニュースなどで「点」でとらえる程度だという人は、少なくないのではないだろうか。私もその一人で、一度関連書籍を読んでみることにした。

 日本の自動車メーカー

 各社それぞれの置かれている現状、戦略を知るのに、「成長力を採点!2020年の「勝ち組」自動車メーカー」という本は非常に詳細に書かれていて面白い。著者は中西孝樹というアナリストの方で、詳細なデータ、情報による分析が細かく記載されている。それゆえ、少し難しいと感じる箇所はあり、本当に理解するのには何度か読み返す必要がありそうだが、概要を理解するのには問題はないと感じた。財務的なところは、のちに勉強してもう一度読むとわかるであろうし、本書は将来性を語っているため、数年後にもう一度読むことで、更に理解が深まるだろうと思う。その時には私も、少しは読書リテラシーが上がっているだろうから、IT化によるこれからの自動車産業の進化をこの本で得た知識をもとに考えながら、数年後の再読を楽しみにすることにした。

 具体的な内容は、トヨタ、日産、ホンダ、マツダダイハツ、スバル、スズキ、三菱の8社の国内自動車メーカーを、成長力や安定性、収益性や技術力といった観点で評価を行い、総合点による順位付けを行っている。そしてそれだけではなく、深層の競争力として、表面化しない点についても評価をしている点がこの本の醍醐味だろう。もちろん自動車産業は技術開発、商品開発から販売、アフターサービスまでのリードタイムが10年以上の足の長い産業であることを踏まえたうえで、困難ながらも著者の予測を打ち立てている。

 一見各社の順位づけというと、「勝手」と感じてしまうこともあるが、著者の自動車に対する情熱から、決して曲がった視点からの分析ではないことが本書を読めば誰にでも感じ取れることだろう。

 自動車産業のこれまでとこれからについて

 順番が逆になったが、本書の序盤はこの説明から始まっている。2012年ごろの「超円高」「法人税率の高さ」「労働、環境規制」による苦しい時代からは完全に脱していわけではないと著者は説く。収益性の大幅な改善はアベノミクスによる円高是正などのマクロ要因の貢献が大きい印象と述べる。これからについては、次のステージへ突入している。自動車メーカーは完成車メーカーと言われ、約3万点に及ぶ部品を扱う自動車では、当然サプライヤーが重要となる。大きく分けて、3次までのサプライヤーを垂直統合した開発モデルが日本車メーカーの強みだった。しかし、これからはトヨタのTNGAのような新開発モデルが、国際競争に勝つために必要な戦略である。このような今までの弱点と、これからの動きの理屈を、欧州自動車産業との比較を提示しながら分析結果を教えてくれるのが本書だ。

 本書を読んでどうなるかというと

 自動車メーカーにとって注意すべきはもはや他国メーカーだけではなく、googleなどのIT企業が自動運転や車載システムに大きく関与するどころか、産業革命を起こし得ることは容易に想像がつく。これらの先進的な技術による発明、開発といったニュースが、自動車産業関係なく目や耳に入ってくるだろう。そんなとき、本書による分析予測を知っているか否かで、それらの楽しみがよりわかるようになることが期待できる気がする。

プレゼン資料作成のコツを得るために

 少し前に、制度やルールを運用する所属から、それらを改定したり、見直したり、あるいは企画したり、といった業務を担当する所属に異動した。それまでは自らが発案するということは少なく、検討材料を集めて、上に判断を委ねるということがほとんどであった。例年通りの進め方で、上司から要求があったことに対して再調査し、決定していくというプロセスであった。その為、説得しよう、納得させようという思いを込めた資料を作成したことがあまりなかった。しかし、異動後はむしろ逆で、自らが提案し、その提案を通すために、資料作成を含めた積極的な準備の重要度が増していった。限られた時間の中で努力はしているのだが、最終アウトプットにはどこか自信を持てない部分をいつも感じている。入社して数年、今更ではあるが、「外資系コンサルが実践する資料作成の基本」という本で資料作成の基礎を勉強し、能力のレベルアップを期待した。

本書を読むことで

 資料作成の考え方から、パワーポイント、エクセル、ワードそれぞれにおいてのテクニックを学ぶことができる。素早く、そして説得力のある資料を作成する為の注意点やヒントが多く記載されている。これはソフトの使い方だけでなく、実務的なステップの効率化も含まれている。具体的には、資料作成依頼主(上司)とのコミュニケーション不足による手戻りを無くす為の方法だ。そしてこれらをマスターすることで、著者が時間をかけて到達したレベルまで一気に自分を引き上げることができる。と、実際に著者が自らの後輩を指導した経験を元に述べている。ただし、資料作成という技術は英語と同じで、何度も繰り返し行うことで修練度が増すということを忘れてはならない、という注意を促している。

 良かった点は

 何といっても、実践的で有効なノウハウが細かく、網羅的に詰まっているところだろう。資料作成に自信を持っている人でも、それが自己流であれば、本書を読むことで足りない点に気付くだろう。本書のノウハウ「実践できる」というタイトル通り、どれもそのまま使用できる。また、あるいは、それを基本として自分なりのテンプレートやルールを、構成はもちろんフォントまで決めておくことで、体裁の整った資料を素早く作成することができる。基本的な作成ソフトの使い方だとか、書類の体裁についてはもちろん、どの会社、部署でもある程度教育されたり、テンプレートに近いものがあるのは当然だろう。しかし、ここまで丁寧なノウハウを受け継いでいるかというと、そこまでの教育体制が整っている会社は少ないのではないだろうか。少なくとも私の会社では、そこまでの教育はなかった。OJTという名目の教育によって、教えるほうも教えられるほうも、個人によって大きく差が出る。また、同じ部署内であっても、多様な資料を目にすると、個人の性格が出してはいけないところにまで出てきていると感じることもしばしばだ。

これらのノウハウを使いこなすには

 やはり実際に使ってみるという練習が必要不可欠だ。本書で学んだことを、自分が作成する資料に利用する際には慣れるまで時間がかかるだろう。普段作成しないようなものは、そのチャンスがなかなかないため、尚更だ。用途がないのに覚える時間は無駄とも考えられるが、本書に載っているものは基本中の基本だ。目的にそったチャートやグラフを使い分ける際、すでに使える状態にしておきたいものだ。その為、最初は時間を使ってでも、自ら作ってみることが、資料作成が苦手という人にとっては第一歩になるのではないかと思う。著者はコンサル会社に勤めており、自ら提案する案件の資料作成を何度もこなしてきたのであろうが、他の業種、仕事では必ずしもそうではない。